東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9609号 判決
原告
マーク・レスターこと
マーク・レツツアー
右法定代理人親権者父
マイケル・レツツアー
原告
有限会社協同企画
右代表者清算人
今井淘也
原告ら訴訟代理人弁護士
安達徹
外一名
被告
東京第一フイルム株式会社
右代表者代表取締役
井沢嘉彦
右訴訟代理人弁護士
柏木薫
外三名
被告
株式会社ロツテ
右代表者代表取締役
重光武雄
右訴訟代理人弁護士
古沢昭二
外二名
主文
一 被告東京第一フイルム株式会社は原告マーク・レツツアーに対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一一月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告マーク・レツツアーの被告東京第一フイルム株式会社に対するその余の請求及び被告株式会社ロツテに対する請求並びに原告有限会社協同企画の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告マーク・レツツアーと被告東京第一フイルム株式会社との間に生じた部分は訴状貼用印紙額を除きこれを五分し、その三を同原告の、その余を同被告の、訴状貼用印紙額のうち同原告貼用部分はこれを二〇分し、その一を同被告の、その余を同原告の各負担とし、同原告と被告株式会社ロツテとの間に生じた部分は同原告の負担とし、原告有限会社協同企画と被告らとの間に生じた部分は同原告の負担とする。
四 この判決は原告マーク・レツツアーの勝訴部分に限り判決の確定前に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告ら
1 被告らは各自、原告マーク・レツツアーに対し金二〇〇〇万円、原告有限会社協同企画に対し金一五〇〇万円及び右各金員に対する昭和四六年一一月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 被告らは原告らに対し別紙(一)記載の謝罪広告を、朝日・毎日・読売新聞の各朝刊全国版に二段幅で「謝罪広告」及び末尾の「株式会社ロツテ」「東京第一フイルム株式会社」の各部分は二倍半活字、その余の部分は一倍半活字をもつて各一回掲載せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二、被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一、原告マーク・レツツアーの請求原因
1 (当事者)
原告マーク・レツツアー(芸名マーク・レスター。以下「原告マーク・レスター」という。)はイギリスの映画俳優で、「オリバー」「小さな恋のメロデイ」「小さな目撃者」等の映画に主演し、とくに一九六七年(昭和四二年)には映画「母の家」における演技が認められてフイルムデリー紙の五大賞を受賞するなど世界的に有名な子役である。
被告東京第一フイルム株式会社(旧商号を大映第一フイルム株式会社と称したが、昭和四七年一月一日これを変更して現商号となる。以下「被告東京第一フイルム」という。)は外国映画の輸入、配給などを目的とする会社であり、被告株式会社ロツテ(以下「被告ロツテ」という。)は菓子類の製造、販売を目的とする会社である。
2 (本件フイルムの放映)
訴外日本テレビ放送網株式会社(以下「日本テレビ」という。)ほか三社の放送事業会社は、昭和四六年一〇月九日から同月一三日までの間各テレビ局のネツトワークを通じて、別紙(二)記載のとおり合計一八回にわたつて、原告マーク・レスター主演の映画「小さな目撃者」(以下「本件映画」という。)の一シーンを利用した被告ロツテの製品(ロツテ・アーモンドチョコレート)のコマーシヤルスポツト(以下「本件コマーシヤル」という。)を放映した。
本件コマーシヤルは一八コマから成り、ロツテ・アーモンドチヨコレートに関する一七コマ部分(これにコマーシヤルソングが伴う。)に続いて、その最終コマに本件映画のうち原告マーク・レスターの上半身が画面いつぱいにクローズアツプされているシーンを採用し、これに「『小さな目撃者』より。マーク・レスター」の字幕を掲載する一方、右コマ部分の映写と同時に男性の声で「マーク・レスターも大好きです。」というナレーションをそう入したものであつて、これを一覧すれば、同原告の肖像が専ら被告ロツテの製品の宣伝に利用されていることが明らかである。
3 (被告らの不法行為)
本件コマーシヤルは被告らが共同して製作し、前記テレビ放送事業会社をして放映せしめたものであるが、被告らはその放映にあたつて何ら原告マーク・レスター(又はその法定代理人)の承諾を得ていなかつた。かゝる被告らの行為は、営利目的のため原告マーク・レスターの氏名及び肖像を勝手に利用したものであつて、これにより同原告の氏名権及び肖像権(いずれも人格権の一種で、本件の場合は、自己の氏名又は肖像を濫りに他人によつて使用されない権利。)が侵害されたから、被告らは民法七〇九条、七一九条に基づく不法行為責任を負う。
4 (損害)
原告マーク・レスターは、被告らの前記不法行為により次のような損害を被つた。
(一) 財産的損害 金一五〇〇万円
原告マーク・レスターは前記のように世界的に有名な子役であつて、仮に同原告が第三者に対してその氏名及び肖像を商品宣伝に利用することを許諾するとすれば、少なくとも金一五〇〇万円の報酬を得ることができるものである。被告らは、右のような財産的価値を有する原告マーク・レスターの氏名及び肖像を無断で使用したことにより、同原告に対し右同額の損害を与えた。
(二) 精神的損害 金五〇〇万円及び謝罪広告
原告マーク・レスターは昭和四六年九月一八日原告有限会社協同企画(以下「原告協同企画」という。)に対し同原告が指定する製菓、歯磨、石鹸等の商品のテレビコマーシヤル及び新聞・雑誌・ポスター等による宣伝のために役務を提供すること等を約し、右の債務を履行するため同年一〇月一二日来日した。ところが、日本滞在中たまたまテレビを通じて本件コマーシヤルが放映されているのを目撃し、自己の氏名及び肖像がその承諾もないまゝ被告ロツテの製品の宣伝に利用されていることを知つて、多大の精神的打撃を受けた。
右原告マーク・レスターの精神的打撃を慰藉するには、被告らに金五〇〇万円の支払いと請求の趣旨記載の謝罪広告をなさしめるのが相当である。
5 (結論)
よつて、原告マーク・レスターは被告らに対し、不法行為責任に基づいて、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和四六年一一月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の利率による遅延損害金を支払うこと並びに前記の謝罪広告をすることを求める。
二、原告協同企画の請求原因
1 (当事者)
原告協同企画は外国芸能人の日本への招へい及びその演芸興行の企画、実施等を目的とする会社であり、被告らは原告マーク・レスターの請求原因1記載の各事業目的を有する会社である(なお、被告東京第一フイルムの旧商号及び現商号への変更日時も右同所記載のとおりである。)。
2 (本件専属出演契約)
原告協同企画は訴外株式会社電通(以下「電通」という。)から昭和四六年八月中旬ころ、同社が企画構成する訴外森永製菓株式会社(以下「森永製菓」という。)ほか数社の製品のテレビコマーシヤルに原告マーク・レスターを出演させる交渉を進めるよう依頼された。これを受けた原告協同企画は、当時その代表取締役であつた永嶋達司をロンドンに派遣し、原告マーク・レスターの父親と交渉を重ねた結果、昭和四六年九月一八日原告マーク・レスターとの間に次のような契約を締結した(以下「本件専属出演契約」という。)。
(一) 原告マーク・レスターは、原告協同企画が指定する製菓、歯磨、石鹸等の商品のテレビコマーシヤル五本に出演するほか、右商品の新聞・雑誌・ポスター等による宣伝のための写真撮影に応ずる。
(二) 原告マーク・レスターは本件専属契約期間(同契約に基づいて同原告がテレビコマーシヤルに初めて出演した日又は同契約に基づく同原告の商品宣伝用の写真が日本国内において最初に公表された日のいずれか早い日から起算して一年以内)中、原告協同企画が指定する者以外の第三者に対し(一)項記載の商品の宣伝のために自己の氏名及び肖像を使用させ又は役務を提供してはならない。
(三) 原告協同企画は原告マーク・レスターに対し本件専属出演契約に基づく役務提供の対価として米ドルで三万七五〇〇ドルを支払うほか、同原告、その両親及び妹の計四人分のロンドン・東京間の一等航空料金及び日本における滞在費一切を負担する。
3 (本件報酬債権)
原告協同企画は本件専属出演契約締結後、電通との間に原告マーク・レスターを同社が企画構成する商品のテレビコマーシヤルに出演させる旨の契約を結び、その報酬として金二二〇〇万円の支払いを受けることを約した(以下「本件報酬債権」という。)。
4 (被告らの不法行為)
被告ロツテは、原告協同企画が原告マーク・レスターとの間に本件専属出演契約締結のための交渉に入る以前から、同原告の肖像を自社の商品のテレビコマーシヤルに利用することを企画し、被告東京第一フイルムと共同してその準備を進めていた。そこで、原告協同企画は昭和四六年九月二〇日ころ電通を介して被告東京第一フイルムに対し、本件専属出演契約が成立し、その結果原告マーク・レスターが電通の企画構成する森永製菓等の製品のテレビコマーシヤルに出演することが決定した旨通知し、被告らが共同して進めている前記テレビコマーシヤルの企画を中止するよう申し入れたところ、被告東京第一フイルムはこれを承諾し、被告ロツテもまた右申し入れのなされたことを知悉していた。
しかるに、被告らは、原告マーク・レスターが本件専属契約に基づく債務を履行するため来日するのに先立つて、森永製菓に対する不当競争の目的と原告協同企画の電通に対する本件報酬債権を侵害する意図のもとに、原告マーク・レスターの請求原因2及び同3記載のとおり敢て本件コマーシヤルを放映せしめ、後記のように原告協同企画の本件報酬債権を侵害するとともにその営業上の信用を毀損したのであるから、民法七〇九条、七一九条に基づいて不法行為責任を負う。
5 (損害)
(一) 債権侵害による損害 金一〇〇〇万円
原告協同企画は電通に対し、原告マーク・レスターを同社の企画構成するテレビコマーシヤルに出演させる旨の前記債務を履行したのであるが、右債務の履行に先立つて本件コマーシヤルが放映されたため、同債務の対価たる本件報酬債権の価値が減少し、この結果同原告は電通から右債権額を金一二〇〇万円に減額されたい旨要請されるに至り、広告代理業界において圧倒的地位を占める同社の右要請に抗しきれず、これを受諾することを余儀なくされた。
よつて、原告協同企画は前記減額により、金一〇〇〇万円の損害を被つた。
(二) 営業上の信用毀損による損害金五〇〇万円及び謝罪広告
前記(一)のとおり、原告協同企画が電通に対する債務を履行する前に本件コマーシヤルが放映されたため、同原告は電通、森永製菓等原告マーク・レスターの招へいに関係があつた各会社からの信用を失い、営業上多大の支障を生ぜしめられた。
原告協同企画の右無形損害を回復するためには、その金銭評価額金五〇〇万円の支払いと請求の趣旨記載の謝罪広告をなさしめるのが相当である。
6 (結論)
よつて、原告協同企画は被告らに対し、不法行為責任に基づいて、各自金一五〇〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和四六年一一月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の利率による遅延損害金の支払い並びに前記の謝罪広告をすることを求める。
三、原告マーク・レスターの請求原因に対する認否
1 (被告ら)
請求原因1の事実のうち、原告マーク・レスターがフイルムデリー紙の五大賞を受賞したこと、同原告が世界的に有名であることは不知、その余は認める。
2 (被告ら)
同2の事実のうち、本件コマーシヤルにおいて原告マーク・レスターの氏名及び肖像が専ら被告ロツテの製品の宣伝に利用されているとの点は否認するが、その余は認める。
本件コマーシヤルは被告ロツテの商品の宣伝と同時に、本件映画及びその主演者たる原告マーク・レスターの宣伝を目的とするものである。
なお、別紙(二)のうち、TBSの「ロツテ歌のアルバム」、「月曜ロードシヨー」のネツト局数は順次三一局、一九局、NETの「大忠臣蔵」のネツト局数は一一局で、同番組での本件コマーシヤル放映回数は一回であり、NETのスポツトのうち昭和四六年一〇月一二日午前一一時二九分の分は放映されていない。
3 (被告東京第一フイルム)
同3の事実のうち、被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの製作に一部関与したこと、本件コマーシヤルに、本件映画中原告マーク・レスター主張の一シーンを利用するにつき同原告の承諾を得なかつたことは認めるが、その余は否認し、同被告の不法行為責任の主張は争う。
(被告ロツテ)
同3の事実のうち、被告ロツテが本件コマーシヤルを製作し、放映せしめたとの点は否認し、同被告の不法行為責任は争う。
4 (被告ら)
(一) 同4(一)の事実のうち、原告マーク・レスターの氏名及び肖像の財産的価値が金一五〇〇万円を下らないとの点は否認し、損害額は争う。
(二) 同4(二)の事実のうち、原告マーク・レスターがその主張の日時に来日したことは認めるが、その余は不知。
損害額及び謝罪広告の相当性は争う。
四、原告協同企画の請求原因に対する認否
1 (被告ら)
請求原因1の事実は認めるが、同2及び同3の事実は知らない。
2 (被告東京第一フイルム)
同4の事実のうち、被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの製作に一部関与したことは認めるが、その余は否認し、同被告の不法行為責任の主張は争う。
(被告ロツテ)
同4の事実は否認し、被告ロツテの不法行為責任は争う。
3 (被告ら)
同5(一)及び(二)の事実は不知。損害額及び謝罪広告の相当性は争う。
五、被告東京第一フイルムの主張
(原告マーク・レスターの請求に対して)
1 被告東京第一フイルムは昭和四五年一二月四日、本件映画の製作者である訴外アングロ・エミ・フイルム・デイストリビユータース・リミツテイツド以下「アングロ・エミ」という。)との契約により、向後七年間同映画を日本、韓国などの地域において三五ミリ版及び一六ミリ版の劇場用、非劇場用映画として配給し、興行する独占的権利を取得したが、右権利の中には、右契約期間中同被告の費用負担のもとに同映画の抜粋シーンを三分を超えない範囲でテレビ放映することにより同映画を宣伝し、又は第三者に宣伝させる権利(以下「宣伝権」という。)が含まれていた。
ところで、映画配給業者が配給権を有する映画をテレビを通じて宣伝する場合、他の商品の製造又は販売業者と提携してその商品のテレビコマーシヤルスポツトに右映画の一シーンを組み入れ、商品と映画の双方の宣伝に利用するという方式(いわゆる「フイルム・タイアツプ」)を採用する例がしばしば見受けられ、これが現在の広告業界において一種の慣行となつている。
そこで、被告東京第一フイルムは本件映画をテレビによつて宣伝する具体的方法として、右のようなフイルム・タイアツプ方式を採用することとし、被告ロツテの製品と本件映画の宣伝を目的として、原告マーク・レスターの請求原因2記載の同映画の一シーンのフイルムを本件コマーシヤル製作のために提供したのである。
2 被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの製作に関与した経緯は叙上のとおりであるが、右のような本件映画の一シーンの本件コマーシヤルへの利用は、次のような理由から何ら違法ではない。
(一) 原告マーク・レスターはその肖像権が侵害された旨主張するが、本件映画のような劇場用映画著作物については映画製作者が著作権を有するものであり(著作権法二九条一項)、実演者たる俳優は映画著作物の複製に関し、何ら固有の権利を有しない。したがつて、同原告は本件映画の画面に現われる自己の映像につき人格権としての肖像権を主張することはできない。
(二) 前記のとおり、被告東京第一フイルムは、本件映画の著作権者たるアングロ・エミとの契約により同映画の宣伝権を有していたところ、本件コマーシヤルの製作、放映は右宣伝権に基づくものである。
(三) フイルム・タイアツプ方式は、広告業界における慣行である。
(四) 本件コマーシヤルは、原告マーク・レスターの俳優としてのイメージ及び評価を何ら毀損するものではない。〈原告協同企画の請求に対して〉
1 被告東京第一フイルムが、「不当競争」と「債権侵害」の目的をもつて本件コマーシヤルを放映せしめた旨の原告協同企画の主張は理由がない。
まず、被告東京第一フイルムは森永製菓と競業関係に立つものではないから、同社に対して競争意識をもつことはあり得ない。また、同被告は原告協同企画の電通に対する債権の存在を知らなかつたのであるから、右債権侵害の意図を問題にする余地はないし、仮に本件専属出演契約締結の事実が昭和四六年九月二〇日ころ電通を介して被告東京第一フイルムに通知されたとしても、その時点においては、すでに本件コマーシヤルのフイルムは完成し、被告ロツテから広告代理業者に対してその放映の委託がなされていたのであつて、被告東京第一フイルムが債権侵害の意図をもつて本件コマーシヤルを放映せしめた事実は全く存しない。
2 仮に被告東京第一フイルムが本件専属出演契約締結の事実を知つていたとしても、同被告には原告協同企画のために前記宣伝権に基づく本件コマーシヤルの放映を中止せしめるべき作為義務は存しないから、同被告が本件コマーシヤルが放映されるまゝに放置していた不作為も問題にするに足りない。
3 仮に被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの放映につき不法行為責任を負うとしても、同被告は原告協同企画主張の債権侵害による損害まで賠償すべき責任はない。
すなわち、原告協同企画は、自ら主張するように、電通に対する債務を完全に履行しているのであるから、法律上はその反対給付として約定通りの報酬を電通に請求できる理である。にも拘らず、原告協同企画は電通の圧力によつて右報酬の減額を受諾させられたのであつて、かかる減額による損害を本件コマーシヤルの放映と法的困果関係のある損害とみることはできない。
六、被告ロツテの主張
〈原告両名の請求に対して〉
被告ロツテは、前記のとおり菓子類の製造販売を目的とする会社であるが、その製造にかかる製品は全部訴外ロツテ商事株式会社(以下「ロツテ商事」という。)に納品され、同社においてその販売を実施することになつている。一方、ロツテ商事が取扱う製品の宣伝については、店頭におけるポスター、チラシ等による宣伝を同社が自ら担当するほかは訴外株式会社ロツテ・アド(昭和四二年七月ロツテ商事の宣伝部を独立させた会社、以下「ロツテ・アド」という。)が担当し、とくにラジオ、テレビ等の広告媒体を利用する宣伝は、その企画・製作、タレントの選定、広告代理業者との契約等の一切の業務を同社が処理している。そして、ロツテ・アドが行なう宣伝に要する費用は、これをロツテ商事が負担する仕組になつている。
本件コマーシヤルも、右業務分担に従つて、ロツテ・アドが被告東京第一フイルムからいわゆるフイルム・タイアツプ方式の実施の申込みを受け、同被告、訴外第一企画株式会社(以下「第一企画」という。)らと共同して企画、製作したうえ、電通等の広告代理業者にその放映を委託し、ロツテ商事がその費用の一切を負担したものである。
以上のとおり、本件コマーシヤルは被告ロツテの製品に関するものではあるが、同被告はその製作、放映に関して何ら関与していないのであるから、同被告の不法行為責任に関する原告らの主張は理由がない。
七、被告らの主張に対する原告らの反論
1 原告マーク・レスター
(被告東京第一フイルムの主張に対して)
アングロ・エミが本件映画の製作者であることは認めるが、同社と被告東京第一フイルムとの間に、同被告主張のような契約が成立したことは不知。
仮に被告東京第一フイルムの右主張が認められるとしても、本件コマーシヤルにおける原告マーク・レスターの肖像の利用は違法である。
すなわち、本件映画の製作者たるアングロ・エミが同映画の上映又は宣伝のため同映画の前記一シーンを利用し又は第三者に利用させることは、右製作者の著作権に属することがらであつて原告マーク・レスターの肖像権の侵害を問題にする余地はない。しかしながら、右製作者といえども、本件映画の上映又は宣伝以外の目的のために同映画の画面に現われる原告マーク・レスターの肖像をその承諾をないまゝ利用することは許されないし、右製作者から契約により同映画の配給権、宣伝権を取得した被告東京第一フイルムにおいても同様である。しかるに、本件コマーシヤルは、前記のとおり原告マーク・レスターの肖像を専ら被告ロツテの製品の宣伝に利用するものであつて、かかる方法による同原告の肖像の利用は、被告東京第一フイルムの本件映画に関する宣伝権の範囲を逸脱し、違法というべきである。
2 原告ら
(被告ロツテの主張に対して)
ロツテ・アドが被告東京第一フイルム、第一企画と共同して本件コマーシヤルの製作、放映に関与したことは認める。
しかしながら、ロツテ・アドは被告ロツテの製品の宣伝のみを担当する同被告の子会社で、その実質的支配下にあり、本件コマーシヤルの企画、製作、放映もすべて同被告の機能的指示のもとになされたものであつて、本件コマーシヤルに関する右作業につき主導的役割を果したのは同被告に外ならない。
第三 証拠《略》
理由
一原告らと被告らの間に争いのない事実
原告マーク・レスターはイギリスの映画俳優で、日本でも公開された「オリバー」、「小さな恋のメロデイ」、本件映画等の主演者であり、原告協同企画は外国人タレントの招へい及びその興行、実演の企画等を、被告東京第一フイルム(旧商号を株式会社大映第一フイルムと称したが、昭和四七年一月一日現商号に変更。)は外国映画の輸入、配給等を、被告ロツテは菓子類の製造、販売等を各目的とする会社であること、日本テレビほか三社の放送事業会社が、別紙(二)記載のうち、TBSの「ロツテ歌のアルバム」、「月曜ロードシヨー」のネツト局数が順次「三二」、「二〇」とあるのを順次「三一」、「一九」と、NETの「大忠臣蔵」のネツト局数が「一五」とあるのを「一一」と、同番組における本件コマーシヤルの放映回数が「二」とあるのを「一」と各訂正し、NETのスポツトのうち昭和四六年一〇月一二日午前一一時二九分放映とあるのを削除するほかは、同表記載のとおり本件コマーシヤルを放映したこと(右訂正及び削除部分に関する原告らの主張は、本件全証拠によつてもこれを認めることができず、かえつて〈証拠〉によれば、右訂正及び削除に沿う事実が認められる。)、本件コマーシヤルは一八コマから成り、被告ロツテの製品であるロツテ・アーモンドチヨコレートに関する一七コマ部分(これにコマーシヤルソングが伴う。)に続いて、その最終コマに、本件映画のうち原告マーク・レスターの上半身が画面いつぱいにクローズアツプされているシーンを採用し、これに「『小さな目撃者』より。マークレスター」の字幕を掲載する一方、右コマ部分の放映と同時に男性の声で「マーク・レスターも大好きです。」というナレーシヨンをそう入するものであること、原告マーク・レスターが昭和四六年一〇月一二日来日したこと。
以上の事実は、原告らと被告らの間に争いがない。
二本件コマーシヤルの性格
本件コマーシヤルの内容は、前記のように原告らと被告らとの間に争いがないが、さらに検乙第一、第二号証、検証の結果(なお、被告東京第一フイルムは、本件検証調書中に「全体としてはチヨコレートの宣伝という印象をうける。」との記載がある部分につき、これが裁判所の判断を示すものであるとして右記載に異議がある旨主張するが、右調書の記載は裁判官が本件コマーシヤルのフイルムを放映して検閲し、その結果得た認識を記載したものと認められる(右認識自体は、本件コマーシヤルが一般的に被告ロツテの商品の宣伝の印象を与えるものか否かを判断するための一証拠資料にすぎない。)から、右異議は理由がない。)によれば、本件コマーシヤル全体の放映時間は一六秒で、うち前記の最終コマ部分のそれは三秒であること、前記「マーク・レスターも大好きです。」というナレーシヨンの時間的長さは二秒半から三秒であり、これは一七コマ目の映写中にはじまり、右「マーク」の「ク」が発音されると同時に右最終コマの映写が開始されること、右最終コマにおける原告マーク・レスターの映像は、その表情に瞬間的な動きがあり、「『小さな目撃者』より」という字句は比較的大きな白い文字で、無理なく読みとれることが認められる。
右原告らと被告らとの間に争いのない事実及び認定事実を総合すれば、前記最終コマは映画宣伝の機能も一応果してはいるものの、その映写時間はきわめて短く、また、映画宣伝の重要な要素である映画の内容の紹介、上映年月日、上映劇場名等に関する表示又はナレーシヨンを欠いているため映画宣伝の効果はさほど大きくないうえ、これに伴うナレーシヨンの内容が、原告マーク・レスターがロツテ・アーモンドチヨコレートの愛好者である旨を明確に述べるものであることから、それ自体としての独立性を持たず、先行する一七コマまでの部分と一体性を有するに至つているというべきである。従つて、本件コマーシヤルは全体として、被告ロツテの製品であるアーモンドチヨコレートの宣伝を内容とするものであり、原告マーク・レスターの氏名及び肖像をこれに利用するものと認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三本件コマーシヤル放映の経緯
〈証拠〉を総合すれば、本件コマーシヤル放映の経緯は次のとおりであつたと認められる。
1 原告マーク・レスターは一九五八年(昭和三三年)英国オツクスフオードで生まれ、六歳の時芸能界にデビユーして以来、前記のとおり「オリバー」、「小さな恋のメロデイ」等数々の映画に主演し、その端麗な容姿と可憐な演技でイギリス国内はもとより広く世界各国で人気を博するようになつた子役俳優であるが、日本においても本件コマーシヤルの放映当時、一般に「十代のアイドル」と称され、低年令層を中心に高い人気を保持していた。
ところで、原告マーク・レスターは一九七〇年(昭和四五年)三月ころ、代理人ヘムデール・アソシエイツ(オーバーシーズ)・リミテツド(以下「ヘムデール・アソシエイツ」という。)、同マーク・レスター・プロダクシヨン・リミテツドを介して、イギリスの映画会社アーヴイング・アレン・リミテツドとの間に本件映画への出演契約を締結し、ジヨン・ハツク監督の下に主演者としてその役務を提供した。本件映画は、内容的にはいわゆるスリラー・ドラマを基調としつつ原告マーク・レスターの魅力を売物にするもので、一九七〇年末同映画が完成された後、イギリスの映画配給会社アングロ・エミが世界各地域における興行権、上映権を取得し、さらに被告東京第一フイルムが一九七〇年一二月四日右アングロ・エミとの契約により、日本(当時の沖繩を含む。)及び韓国において同映画を向後七年間劇場用及び非劇場用として上映する権利を取得したが、右権利のうちには、同映画の宣伝のため、その抜粋シーンを三分間を超えない範囲でテレビに上映する(又は第三者をして上映させる)権利が含まれていた。
2 かくして被告東京第一フイルムは、昭和四六年一月半ばころ本件映画のプリントを、同年四月半ばころには同映画のネガを各々輸入し、同年一〇月の公開を目途にその準備にとりかかるとともに、予告編の編集、ポスターの作成等の宣伝活動に入つたが、その一環としてテレビによる宣伝の実施を企画し、その具体的な方法としてフイルム・タイアツプ方式を採用することとした。フイルム・タイアツプ方式とは、商品の製造又は販売業者と映画配給業者が提携して、テレビにより特定の商品と映画の宣伝を組合せて行う方法で、昭和三九年ころから広告業界において採用されるようになり、昭和四六年以前には数個の事例をみるにすぎなかつたが、この方式による場合には、フイルムの製作及び放映に要する費用はその金額を商品の製造又は販売業者が負担するのが従来の例であつたことから、映画配給業者にとつては宣伝費用の節減に資するとともに映画宣伝の効果も大きい等利点の多い方式であつた。
被告東京第一フイルムは、本件映画の主演者が若年令層に人気のある原告マーク・レスターであつて、同原告の持つ雰囲気と子供の嗜好品である菓子類の製品イメージが合致すると考え、フイルム・タイアツプ方式の提携先として、被告ロツテの製品の宣伝活動(テレビ、ラジオ、週刊誌等のマスメデイアによる宣伝)を担当するロツテ・アドを選択し、昭和四六年五月末ころ同社に対して本件映画と同被告の製品のフイルム・タイアツプ方式による宣伝の実施を申し入れた。ロツテ・アドは、すでに昭和四六年三月ころ、原告マーク・レスターを被告ロツテの製品の宣伝に出演させる案を検討し、結局これを廃案にしたいきさつがあつたので、当初から右フイルムタイアツプ方式の採用には消極的であつたが、ともかくも宣伝部員二名を被告東京第一フイルムの試写室に派遣して本件映画の試写を観覧させた結果、同映画はいわゆるスリラーもので暗い場面が多く、菓子類の宣伝に利用するのは不適当であるとの結論に達し、被告東京第一フイルムから右申し入れがあつた約一週間後、これに応ずる意思はない旨を同被告に対して回答した。
3 一方、被告ロツテの主力製品の一つであるチヨコレートは、暑さと高湿度に弱いという品質特性をもつため、秋口から売り込み期に入るのが毎年の例であつたが、同被告の製品の宣伝を担当するロツテ・アドは、昭和四六年秋の売り込み期に備えて、同年七月一五日ころ広告代理業者である第一企画に対しロツテ・アーモンドチヨコレートのテレビコマーシヤル用フイルムの製作を依頼した。これを受けた第一企画は、ロツテ・アドと協議を重ねながら製作作業を進め、昭和四六年八月三日ころ右製作依頼にかかるコマーシヤルのコンテ(フイルムの台本)の製作を終え、これに基づいて写真撮影、コマーシヤルソングの録音を実施し、同月一〇日ころにはリーレコーデイング(画面と音声を光学的方法によりフイルム面に焼付ける作業)を残して全製作作業を完了した。
他方、被告東京第一フイルムは本件映画の興行成績に大きな期待をかけていたので、前記のようにロツテ・アドからフイルム・タイアツプ方式の実施を断わられた後も、なおこれを是非実現させたい旨の強い希望を有していた。そこで、被告東京第一フイルムの社長曾我正史(当時)は、訴外大映株式会社社長永田雅一(当時)を動かして、同被告の意図するフイルム・タイアツプ方式の実現を図ろうと考え、昭和四六年七月末ころ同人に対してロツテ・アドへの働きかけを依頼した。曾我正史が右のような依頼をするに至つたのは、同人がかつて大映株式会社の専務取締役の地位にあつたことから、永田雅一とは懇意の間柄にあり、他方、同人とロツテ・アドの社長重光武雄及び取締役業務部長諸田哲生は、いずれも訴外株式会社ロツテ・オリオンズ球団の経営に掲わつている間柄にあつたから、永田雅一の力を借り入れば、ロツテ・アドをして本件映画と被告ロツテの製品とのフイルム・タイアツプ方式の実現に踏切らせることができるものと考えたからであつた。
曾我正史の依頼を受けた永田雅一は、昭和四六年七月二七日と二九日の二回にわたり右諸田哲生に対し、被告東京第一フイルムの意図するフイルム・タイアツプ方式の実現に協力して欲しい旨要請した。諸田哲生は、以前部下の熊木利一から、本件映画の雰囲気が菓子類の宣伝に不適当である旨の報告を受けていたが、前記のような間柄にある永田雅一から強い要請を受けたため、右要請に係る事項につきロツテ・アドの社長重光武雄の決裁を仰ぐことゝし、同月二九日同人にこれを報告した。重光武雄は、永田雅一とは株式会社ロツテ・オリオンズ球団の経営に関して協力するようになる以前から個人的にも親しい関係にあつたことから、同人の要請を受け入れることとし、諸田哲生に対して被告ロツテの製品と本件映画の宣伝を組合わせたフイルム・タイアツプ方式による宣伝の実施を指示した。
4 右のようなフイルム・タイアツプ方式採用の基本方針に基づき、ロツテ・アドと被告東京第一フイルムとの間にその具体的な実施方法について協議がなされた結果、ロツテ・アドは、すでに第一企画に製作を発注したロツテ・アーモンドチヨコレートのコマーシヤルフイルム(以下これを「原フイルム」という。)をフイルム・タイアツプ方式に切替えることとし、他方同被告は、本件映画の予告編として編集されたフイルムを右コマーシヤル製作のため提供することになつた。右の協議において被告東京第一フイルムは、ロツテ・アドに対し右コマーシヤルに利用する映画の画面中に同映画の題名を字幕で表示すべき旨を要請したほかは、フイルム・タイアツプ方式の内容について何らの条件も付さず、とくにその画面の選択及び利用の方法についてはこれをロツテ・アドに一任した。
次いで、ロツテ・アドは昭和四六年八月一〇日ころ第一企画に対し、既に製作発注済みの原フイルムのうちエンデイング部分(最終部分)を本件映画の宣伝とのタイ・アツプ方式に切替える旨通知した。そこで、第一企画の担当者浅野健三、ロツテ・アドの宣伝部員大橋三幸及び被告東京第一フイルムの宣伝部員徳山雅也の三名は本件映画の予告編を観覧して協議した結果、本件映画の画面のうち原告マーク・レスターの上半身をクローズアツプしたシーンをコマーシヤル用に採用し、これを既にほぼ製作の完了している原フイルムの末尾に付加するとともに、「『小さな目撃者』より。マーク・レスター」という字幕を白文字で表示し、さらに先行するロツテ・アーモンドチヨコレートの宣伝との関連性をもたせるため、右シーンの映写と同時に「マーク・レスターも大好きです。」というナレーシヨンをそう入することとした。第一企画は右の方針に基づいて、画面の撮影、ナレーシヨンの録音等の作業を実施し、昭和四六年八月二五日本件コマーシヤルのフイルムを完成させて、これをロツテ・アドに納品したが、右完成に至るまでの間前記大橋三幸、徳山雅也の両名の意見を求めながら作業を進めた結果、完成したフイルムはロツテ・アド、被告東京第一フイルム双方の要望を満たしたものとなつた。
かくして、本件コマーシヤルのフイルムの納品を受けたロツテ・アドは、前記のようなチヨコレートの販売方針に従い、同コマーシヤルの放映を秋の訪れの早い北海道から開始して順次放映地域を南下させる方法をとることとし、電通、訴外株式会社博報堂、同株式会社東急エージエンシー、同協同広告株式会社、第一企画等の広告代理業者に対して、テレビ放送事業会社との本件コマーシヤル放映契約の締結を委任した。その結果、本件コマーシヤルは昭和四六年九月六、七、一一、一三日の四日にわたつて訴外札幌テレビ放送株式会社、同北海道放送株式会社のネツトワークを通じ北海道全域に放映された。
5 右のような本件コマーシヤルの製作と並行して、被告東京第一フイルムは、本件映画の東京、大阪における公開時に原告マーク・レスターを招いて劇場の舞台から観客に挨拶させ、同映画の宣伝効果を高める方策の実施を検討し、昭和四六年八月末ころまでには、すでに同映画の配給会社であるアングロ・エミとの間に同原告招へいの条件等について折衝を進め、報酬(アングロ・エミの提示額は四万ドルないし五万ドル)の面で折合いがつけば招へいに応ずる旨の回答を得ていた。しかし、被告東京第一フイルムは、自らは原告マーク・レスター招へいの費用を負担する財力がなかつたため、他の製品の製造又は販売会社で、同原告を自社の製品の宣伝に出演させる意向のある会社を物色し、その会社をスポンサーとして同原告を日本に招へいしたうえ、同原告在日中の日程の一部を前記のような舞台挨拶に割いて貰うことにより、その目的を達しようと考えた。そこで、被告東京第一フイルムの宣伝部員大渕順雄は、昭和四六年八月末ころ、本件映画の宣伝、広告の一部を同被告から請負つていた訴外株式会社ユニピーアール(以下「ユニピーアール」という。)の代表取締役嶋川弘を訪ね、右スポンサーの物色を依頼したところ、同人はさらにこれを電通の間宮聰夫に依頼し、結局同人の働きかけにより森永製菓が同社の製品コマーシヤル(テレビ及びポスター)に原告マーク・レスターを出演させる意向を固めた。右のような森永製菓の意向を電通に介して連絡を受けた嶋川弘は、昭和四六年九月六日ころ被告東京第一フイルムの大渕順雄に対しこれを伝達するとともに、森永製菓と被告ロツテは競業関係にあることから、被告東京第一フイルムとロツテ・アドとの間に進められている前記のようなタイアツプ宣伝の企画を全面的に中止されたい旨申し入れたところ、大渕順雄はこれを承諾した。
一方、森永製菓は、原告マーク・レスターの役務提供を得て製作する同社製品のコマーシヤルの企画を電通に委任し、これを受けた同社は、同原告との間に招へいの条件等について具体的な交渉に入り、その役務提供につき直接の契約当事者となる会社として原告協同企画を選定したうえ、同原告との間に、電通が指定する森永製菓ほか数社の商品コマーシヤルのため原告マーク・レスターの役務を提供させる旨の契約を締結し、その報酬として金二〇〇〇万円を支払うことを約した(本件報酬債権)。右のようにして原告協同企画が原告マーク・レスター招へいの交渉にあたる旨の情報は、ユニピーアールの嶋川弘を経由して被告東京第一フイルムに、同被告からアングロ・エミに順次伝達され、更に同社から同原告の代理人であるヘムデール・アソシエイツにももたらされた。
かくして、原告共同企画の代表取締役永島達司(当時)は昭和四六年九月一五日ころロンドンに渡り、原告マーク・レスターの父マイケル・レツツアーの立会いを得て、同原告の代理人ヘムデール・アソシエイツと交渉した結果、同月一八日同社との間に以下のような内容の本件専属出演契約を締結した。
(一) 原告マーク・レスターは、原告協同企画が指定する製菓及び石鹸又は歯磨のテレビコマーシヤル(六〇秒もの五本)の製作、新聞・雑誌・ポスター等による宣伝用写真の撮影のため、その役務を提供する。
(二) 前項に定める原告マーク・レスターの役務提供は、原告協同企画とヘムデール・アソシエイツとの合意により定められた期日、時間、場所において行うが、その役務提供の日数は八日間とする。
(三) (一)項の規定により製作されたテレビコマーシヤルの第一回目の放送日又は同項により撮影された宣伝用写真が初めて公開された日のいずれか早い日から起算して一年間は、原告マーク・レスターは日本国内においてメデイアの如何を問わず、製菓及び石鹸又は歯磨の宣伝のためその役務を提供し、又はその氏名、肖像、肉声、署名、経歴等の使用を許可してはならない。
(四) (一)項の規定によるテレビコマーシヤルの下絵・台本、宣伝用写真については、その公開前に原告マーク・レスターの承認を得るものとし、同原告はそのイメージに損傷を与えるおそれのある下絵、台本、写真につき、その公開を拒否することができる。
(五) 本契約に定められた事項の履行の対価として、原告協同企画はヘムデール・アソシエイツに対し三万ドル(米国ドル)を支払う。
本件専属出演契約締結の事実は、直ちに電通等の関係会社に連絡され、被告東京第一フイルムも、昭和四九年九月二〇日ころには社長の曾我正史以下の幹部社員がこの事実を知るに至つた。ところで、被告東京第一フイルムは、前記のとおり、すでに昭和四六年九月六日ころ嶋川弘から、被告ロツテの製品と本件映画のタイアツプ宣伝の企画を中止すべき旨の申し入れを受け、少くとも副社長(嶋田八州直)レベルまでの右申し入れのあつた事実を知悉していたのであるが、本件専属出演契約の締結により、原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演することが正式に決定した後も、右申し入れの内容に沿う具体的かつ有効な措置を講ずることなく、本件コマーシヤルの放映が継続されるのを放置していた(この点に関し、〈証拠〉中には、右嶋川弘の申し入れを受けて被告東京第一フイルムの宣伝部長高季彦(当時)が、昭和四六年九月二〇日ころ「ロツテ製菓」の宣伝責任者に対し本件コマーシヤルのうち本件映画の一シーンが使用されている部分をカツトして欲しい旨申し入れ、同人から「あなたのいわれることは良く分りました。」との回答を得た旨の供述部分があり、〈証拠〉中にも同趣旨の供述部分があるが、右各供述自体あいまいであるうえ、前記認定のようなフイルム・タイアツプ方式採用決定の経緯及び〈証拠〉に照らすときは、右各供述部分はいずれも措信しがたい。)。
かくするうちに、前記のとおりロツテ・アドが電通等の広告代理業者に放映を依頼した本件コマーシヤルは、別表(二)記載のとおり昭和四六年一〇月九日から日本テレビほか三社のネツトワークを通じて東京地区でも放映されるに至つた。
6 右のような本件コマーシヤルの北海道地区及び東京地区における放映により、結果的には、原告マーク・レスターを自社製品の宣伝に出演させるべく企画していた森永製菓の機先を制して、被告ロツテの製品の宣伝のために同原告の氏名及び肖像が利用されるという事態が生じたのであるが、かかる事態の発生を恐れて、予め被告東京第一フイルムに対し前記のような申し入れをなしていたユニピーアールの嶋川弘は、昭和四六年一〇月一一日本件コマーシヤルの放映がなされたことを知るや、直ちに同被告の宣伝部長高季彦及び前記大渕順雄のもとを訪れ、同被告の違約に対して厳重に抗議するとともに、速やかに同コマーシヤルの放映を中止すべき旨を申し入れた。被告東京第一フイルムとしては、すでに原告マーク・レスター招へいのスポンサーとなつた森永製菓の協力を得て、同原告在日中の日程の一部を前記のような舞台挨拶に充てる旨の予定を組み、新聞等を通じてその宣伝をしていたが、本件コマーシヤルの放映が継続された場合には森永製菓側の感情を害し、右舞台挨拶の実施についてもその協力が得られなくなるものと判断した結果、ロツテ・アドに対して本件コマーシヤルの放映中止を要請することにした。そこで、前同日被告東京第一フイルムの高季彦がロツテ・アドの業務部次長熊木利一を訪れ、本件コマーシヤルの放映中止を申し入れたが、同人がこれに対して難色を示すや、再び永田雅一を動かしてロツテ・アドに放映中止を働きかけることとし、同人にその旨を依頼した。これを受けた永田雅一は、昭和四六年一〇月一二日、同月一三日の二回にわたつてロツテ・アドの業務部長諸田哲生に本件コマーシヤルの放映中止を申し入れ、結局、前同日同社社長重光武雄が右永田の意を汲んでこれに応ずる旨の断を下した。そして、昭和四六年一〇月一四日以降の本件コマーシヤルの放映予定は、すべて中止されるに至つた。
なお、右のように本件コマーシヤルの放映中止をめぐつて関係者の利害の対立が渦巻いていた最中の昭和四六年一〇月一二日、原告マーク・レスターは本件専属出演契約に基づく債務を履行するため、その両親及び妹らと共に来日した(原告マーク・レスターが前同日来日したこと自体は、原告らと被告らとの間に争いがない。)。
7 一方、森永製菓は、もともと電通の間宮聰夫から原告マーク・レスター招へいのスポンサーとなる意向の有無を打診された際、同訴外人から同原告の氏名又は肖像を自社製品のコマーシヤルに現に使用し若しくは使用する企画を持つている会社は他にない旨の言質を得て、同原告の招へいに踏切つたいきさつがあつたため、昭和四六年一〇月七日ころ新聞報道により、被告ロツテの製品の宣伝を目的とする本件コマーシヤルが放映される予定であることを知るや、電通に対して厳重な抗議を申し入れ(同社は一方で本件コマーシヤル放映契約の代理人となり、他方で森永製菓のために同原告招へいの推進者になつたことになる。)併せて速やかに善後策を講ずべきこと、電通に対して損害賠償を請求する意向のあることを通告した。右の抗議を受けた電通は、原告協同企画を混じえて事態の収拾策について検討したが、その結果、当初原告マーク・レスター来日中の日程のうち、森永製菓以外の会社(歯磨若しくは石鹸の製造会社が一応予定されていた。)の製品のコマーシヤル製作に充てるべく予定していた部分(昭和四六年一〇月二五日ないし二七日)を急拠取消し、その期間を森永製菓の意向に従つて同原告の役務を提供させる旨変更することにより、事態の解決を図ることとし、その旨同社に申し入れた。電通側から右のような申し入れに対し森永製菓は、同社が原告マーク・レスターの氏名及び肖像につき独占的な使用権を有していることを強く一般に印象づけるため、右三日間のうち一日は、すでに予定に組まれているところとは別に、同社の製品コマーシヤルの製作のために同原告の役務を提供させること、残る二日間についても、その業種のいかんを問わず、同社以外の会社の製品コマーシヤルの製作のために同原告の役務を提供させないことを条件に、右申し入れを了解した。この結果、原告マーク・レスターは前記の三日間は、森永製菓の製品コマーシヤルの製作のほか、NHK(日本放送協会)の番組への出演、レコードの吹込み等のため、その役務を提供した。
ところで、電通は当初原告マーク・レスターを、森永製菓及び歯磨若しくは石鹸の製造会社又はその他の会社の製品のコマーシヤルに出演させ、これらの会社から得る対価をもつて原告協同企画の本件報酬債権金二二〇〇万円の支払いに充当する予定であつたが、右のような経緯によつて森永製菓を除く他社の製品コマーシヤルに原告マーク・レスターを出演させることが不可能になつたため、森永製菓から約定に従つて金一二〇〇万円を受領したほかは、予定の収入が得られないことになつた。そこで、電通は原告協同企画に対し、約定の本件報酬債権金二二〇〇万円のうち金一〇〇〇万円を減額して欲しい旨要請するに至つた。原告協同企画社長の永嶋達司は、同原告の電通に対する債務は完全に履行されたのであり、右のような事態に立ち至つたことについて同原告に責められるべき事由はなく、電通の右要請は理不尽であると考えたが、長年同原告と営業面で密接な関係を有し、かつ広告代理業界において圧倒的な地位を占める電通に対して、約定の報酬金の支払い要求を固執することは得策ではないと考え、止むなく右要請を受諾した。
四原告マーク・レスターの請求について
1 被侵害利益
原告マーク・レスターは、本件コマーシヤルは同原告に無断でその氏名及び肖像を商品宣伝に利用するもので、これにより同原告の氏名権及び肖像権が侵害された旨主張する。そこで、右主張の当否を判断するに先立つて、まず「氏名権」及び「肖像権」の一般理論について検討することとする。
(一) 氏名及び肖像に関する利益の法的保護
通常人の感受性を基準として考えるかぎり、人が濫りにその氏名を第三者に使用されたり、又はその肖像を他人の眼にさらされることは、その人に嫌悪、羞恥、不快等の精神的苦痛を与えるものということができる。したがつて、人がかかる精神的苦痛を受けることなく生きることは、当然に保護を受けるべき生活上の利益であるといわなければならない。そして、この利益は、今日においては、単に倫理、道徳の領域において保護すれば足りる性質のものではなく、法の領域においてその保護が図られるまでに高められた人格的利益(それを氏名権、肖像権と称するか否かは別論として。)というべきである。けだし、社会構造が複雑化、高度化し、マスコミニユケーシヨン技術が異常な発達を遂げた現代社会は、常に個人の氏名や肖像が多様な形式で他人に利用され、公表される危険性をはらんでいるが、かかる危険が高まるに従つて、逆に各人の、その氏名や肖像を他人にさらさずに生きたいという願望が強くなるというのが、現代人に共通の意識と考えられるのみならず、我国の法制がよつて立つ個人尊重の理念は、かかる利益に対する不当な侵害を許容しない趣旨をも含むと解されるからである。かような人格的利益の法的保護として、具体的には違法な侵害行為の差止めや違法な侵害に因る精神的苦痛に対する損害賠償が認められるべきであつて、民法七〇九条にかかる違法な侵害を不法行為と評価することを拒むものと解すべき根拠は存しない。
(二) 俳優等の氏名、肖像に関する利益
ところで、右に述べたような人格的利益に関する一般理論は、その主体が映画・舞台の俳優、歌手その他の芸能人、プロスポーツ選手等(以下「俳優等」という。)大衆との接触を職業とする者である場合には多少の修正を要するものと考えられる。
何故ならば、前記のような人格的利益は、それがアメリカ法においてはプライヴアシー法の一環として論じられていることからも明らかなとおり、人が自己の氏名や肖像の公開を望まないという感情を尊重し、保護することを主旨とするものであるが、俳優等の職業を選択した者は、もともと自己の氏名や肖像が大衆の前に公開されることを包括的に許諾したものであつて、右のような人格的利益の保護は大幅に制限されると解し得る余地があるからである。それだけでなく、人気を重視するこれらの職業にあつては、自己の氏名や肖像が広く一般大衆に公開されることを希望若しくは意欲しているのが通常であつて、それが公開されたからといつて、一般市井人のように精神的苦痛を感じない場合が多いとも考えられる。以上のことから、俳優等が自己の氏名や肖像の権限なき使用により精神的苦痛を被つたことを理由として損害賠償を求め得るのは、その使用の方法、態様、目的等からみて、彼の俳優等としての評価、名声、印象等を毀損若しくは低下させるような場合、その他特段の事情が存する場合(例えば、自己の氏名や肖像を商品宣伝に利用させないことを信念としているような場合)に限定されるものというべきである。
しかしながら、俳優等は、右のように人格的利益の保護が減縮される一方で、一般市井人がその氏名及び肖像について通常有していない利益を保持しているといいうる。すなわち、俳優等の氏名や肖像を商品等の宣伝に利用することにより、俳優等の社会的評価、名声、印象等が、その商品等の宣伝、販売促進に望ましい効果を収め得る場合があるのであつて、これを俳優等の側からみれば、俳優等は、自らかち得た名声の故に、自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有しているのである。ここでは、氏名や肖像が、(一)で述べたような人格的利益とは異質の、独立した経済的利益を有することになり(右利益は、当然に不法行為法によつて保護されるべき利益である。)、俳優等は、その氏名や肖像の権限なき使用によつて精神的苦痛を被らない場合でも、右経済的利益の侵害を理由として法的救済を受けられる場合が多いといわなければならない。
(三) まとめ
以上考察したところにより、原告マーク・レスターの主張する氏名権及び肖像権は、これを前記(一)及び(二)の前段で述べたような氏名及び肖像に関する人格的利益(以下において「氏名及び肖像に関する精神的利益」と称する。)と前記(二)の後段で述べたような経済的利益(以下において「氏名及び肖像に関する財産的利益」と称する。)とに分類することができる。
2 侵害行為
(一) 本件コマーシヤル放映の違法性
原告マーク・レスター主張にかゝる本件コマーシヤルの放映は、前記のとおり多数の者の共同によるものであり、関係会社も数社にのぼつている。
すなわち、本件フイルム・タイアツプ方式採用の発案者であり、かつ本件映画の一シーンを本件コマーシヤルの製作、放映のため提供した被告東京第一フイルム、本件フイルム・タイアツプ方式の実現に直接に与つて力のあつた永田雅一、本件コマーシヤルの製作責任者であり、完成したフイルムの放映を依頼したロツテ・アド、本件コマーシヤルのフイルムの製作作業を担当した第一企画、テレビ放送事業会社との間に、本件コマーシヤルの放映契約を結んだ電通等の広告代理業者、実際に本件コマーシヤルを放映した日本テレビ等の放送事業会社、さらには後記のとおり、本件コマーシヤルの製作、放映に要する費用の全額を負担したロツテ商事等がそれである。
ところで、本件全証拠によつても、本件コマーシヤルの放映に関与した関係者のいずれかが、その放映につき黙示的にせよ原告マーク・レスター(又はその代理人)の承諾を得たことを認めるに足りる証拠はない。もとより、本件コマーシヤルに使用されたのは本件映画の一シーンであつて、原告マーク・レスターは前記認定にかかる本件映画への出演契約により、自己の氏名及び肖像が一般に公開されることを予め承諾したものと解されるが、右承諾の範囲は、それが同映画の上映又は宣伝目的に使用される場合にとどまるものと解すべきであつて、現に、〈証拠〉によれば、同原告の代理人として右出演契約を締結したヘムデール・アソシエイツは、同契約において、その書面による承諾がない限り同原告の氏名及び肖像の複製(映画の画面)を他の商品の宣伝のために利用されることのない権利を明確に留保していることが認められる。そうすると、本件コマーシヤルの放映は、原告マーク・レスターの承諾の範囲を超えて、違法に同原告の氏名及び肖像を被告ロツテの製品の宣伝に利用したものであつて、前記のような複数の人又は会社の行為が相関連共同して、一個の不法行為を構成するものと解すべきである。
(二) 被告東京第一フイルムの不法行為責任について
(1) 被告東京第一フイルムが前記共同不法行為に関与した行為の内容は、前記認定にかかるところであるが、その各関与行為の目的、態様、程度等を整理すると以下のとおりである。
(ア) まず、社長の曾我正史自ら永田雅一に働きかけ、同人の力を借りてフイルム・タイアツプ方式の採用に消極的なロツテ・アドの幹部を動かし、本件コマーシヤル放映の楔機を作出しているが、その動機は、テレビという強力な広告媒体によつて本件映画の宣伝効果を高めるとともに宣伝経費を節減するという営利目的にあつたこと。
(イ) 本件コマーシヤル製作のため、本件映画の予告編として編集されたフイルムをロツテ・アドに提供するにあたつて、宣伝部員らはそれが被告ロツテの製品の宣伝に利用されることを十分に知悉しながら、その利用の方法、形態について何ら条件を付することなく、ロツテ・アドの自由な選択に委ねたこと。
(ウ) 前記のとおり、本件コマーシヤルにそう入されたナレーシヨンは、原告マーク・レスターの氏名及び肖像と被告ロツテの製品とを結びつける決定的要素であるが、右ナレーシヨンのそう入について宣伝部員がその企画検討に参画していること。
(エ) 昭和四六年九月二〇日ころには、社長以下の幹部社員が、原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演する旨正式に決定したことを知つたにも拘らず、本件コマーシヤルの内容の一部変更等適切な措置をとることなく放置していたこと。(右(エ)について付言すれば、(a)本件コマーシヤル放映の企画はもともと被告東京第一フイルムが発案したものであること、(b)後記のとおり、本件コマーシヤルの放映は、元来少くとも原告マーク・レスターの氏名及び肖像に関する財産的利益を侵害するものであつたが、同原告が被告ロツテの競業会社である森永製菓のコマーシヤルに出演することが決定したことにより、更に同原告の氏名及び肖像に関する精神的利益という別個の法益を侵害する危険性をも有するに至つたのであり、右の危険性は被告東京第一フイルムにおいても当然に予見可能であつたこと、(c)原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演するに至つた最初の楔機は、被告東京第一フイルムにおいて作出したものであること、(d)前記認定のとおり、被告東京第一フイルムは、最終的には永田雅一の力を借りて、ロツテ・アドをして本件コマーシヤルの放映中止という措置すら採らせているのであるから、本件コマーシヤルのうち、原告マーク・レスターの氏名及び肖像が被告ロツテの製品の宣伝に利用されていると認められる部分を削除する措置(前記最終コマ部分のカツト又は前記ナレーシヨンの消去)を採らしめることは、より容易であつたと考えられること等の諸点を考え併せるときは、同被告は、原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演する旨決定したことを知つた昭和四六年九月二〇日以降においては、同原告に対する関係において、本件コマーシヤルからタイアツプ宣伝の要素を除去するため適切な措置をとるべき条理上の作為義務を負うに至つたというべきである。しかるに、被告東京第一フイルムは右作為義務を怠り、何ら具体的かつ有効な措置をとることなく、昭和四六年一〇月一二日まで本件コマーシヤルの放映が継続されるのを放置していたのであるから、右不作為は違法な不作為といわなければならない。
なお、原告マーク・レスターは、被告東京第一フイルムがテレビ放送事業会社をして本件コマーシヤルを「放映させた」旨主張するが、右主張は、およそ作為、不作為を問わず、同被告が本件コマーシヤル放映に関与した行為を含む趣旨と目されるから、右のような同被告の不作為を認定しても、いわゆる弁論主義に反しないと解される。)
(2) 以上のような諸点を考慮すれば、被告東京第一フイルムの本件コマーシヤル放映への関与行為は、全体的にみて、一個の企業の行為として、社会的に許容される程度を超えるものであり、違法と評価されるべきである。
(3) この点に関し、被告東京第一フイルムは、(ア)本件映画のような劇場用映画について著作権を有するのは映画製作者であり、実演者たる俳優はその映画の複製に関し何らの権利を有しないから、原告マーク・レスターは本件コマーシヤルの放映に関して救済を求めることはできないこと、(イ)本件コマーシヤルの放映は、同被告が本件映画の著作権者たるアングロ・エミとの契約により取得した同映画の宣伝権に基づくものであつて、正当な権利の行使であること、(ウ)フイルム・タイアツプ方式は日本の広告業界における慣行であること、(エ)本件コマーシヤルの放映によつて原告マーク・レスターの俳優としての評価、品性は何ら毀損されていないことを理由として、同被告の本件コマーシヤル放映への関与行為は違法性を欠如する旨主張する。
(4) そこで、まず右(ア)の主張について判断する。およそ映画は、これを物理的にみれば、連続した写真と音声及び音楽の合成物であるが、それが全体としては一つの思想を表現する芸術作品としての性格を有するものであることから、一般に、写真著作物、音楽著作物とは別個の、独立した著作物としてその上映及び複製物の領布に関する権利(映画著作権)が保護されている。このように、映画著作権は、映画の芸術作品としての性格を基盤として成立するものであつて、それは通常映画の製作者又は映画監督に帰属するものとされ、実演者たる俳優はこれを享受し得ないものと解されている。しかしながら他方、前記のとおり、映面は物理的には個々の画面の連続体であるから、その限りにおいては通常の写真と何ら性質を異にするものではなく、実演者たる俳優も、当該画面に撮影された自己の肖像について固有の精神的及び財産的利益を保持しているものといわなければならない。ところで、本件コマーシャルは、本件映画の一画面である原告マーク・レスターの肖像を全体から分離して、映画の上映(又は宣伝)及び配給とは別異の目的に使用するものであつて、かかる使用方法は映画著作権によつて保護される範囲を逸脱するものといわなければならず、かつ、これが原告マーク・レスターの右肖像に関する精神的及び財産的利益を不当に侵害するときは、同原告は、不法行為規範に基づいてその救済を受け得るものというべきである。そうとすると、原告マーク・レスターが本件映画につき著作権を有していないという一事をもつて、本件コマーシヤルの放映に関し、何らの法的救済を受けられないとする右(ア)の主張は失当というほかはない。
次に右(イ)の主張については、被告東京第一フイルムの本件映画の宣伝権が、同映画の著作権者たるアングロ・エミとの契約に由来するものであることは前記認定のとおりであるが、右に述べたように、映画著作権者といえども、その映画のフイルムに撮影された実演者の肖像を、同人に無断で他の商品の宣伝に利用することはその権利の範囲を逸脱するものと解されるから、同被告はアングロ・エミとの契約に基づく右宣伝権(それは当然に同映画の著作権の範囲を超えるものではあり得ない。)を根拠にして、本件コマーシヤルの放映を正当化することはできないというべきである。
また、右(ウ)の主張についてみると、〈証拠〉によれば、フイルム・タイアツプ方式による宣伝は、昭和三九年のイタリア映画「昨日、今日、明日」と訴外小野製薬株式会社の製品との組合わせを初めとして、昭和四六年までに数例を数えるに至つており、その中には映画の出演者の承諾を得ることなく映画の画面に現われる彼の肖像を使用した事例もいくつか存することが認められる。しかしながら、右の事実のみをもつてしては、フイルム・タイアツプ方式によつて映画の宣伝を実施する場合において、その映画の出演者の氏名又は肖像が結果的に他の商品宣伝に利用されることになつても、出演者の承諾を要しないとの商慣習が日本の広告業界において成立しているものとは認められない。のみならず、かかる利用方法が慣行として是認されるに至るためには、今日のように映画の輸入、配給が国際的規模において行われている状況のもとにおいては、単にそれが我国の広告業界において事実として行われているというだけでは足らず、広く世界の映画市場において効果的な映画宣伝方法として一般的承認を得るに至らなければならないというべきところ、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。従つて右(ウ)の主張も妥当でない。
さらに、右(エ)の主張については、仮に本件コマーシヤルが原告マーク・レスターの俳優としての評価、名声を毀損するものではないとしても、少くとも前記のように同原告の氏名及び肖像に関する財産的利益を侵害するものであるかぎり(後記3参照)、右(エ)の理由のみをもつてしては、本件コマーシヤルの放映に違法性がないということはできない。
(三) 被告ロツテの不法行為責任について
原告マーク・レスターは、被告ロツテがその子会社であるロッテ・アドを指示して本件コマーシヤルを放映せしめたものであるから不法行為責任を負う旨主張する。
〈証拠〉を総合すれば、被告ロツテはその製造にかかる全製品をロツテ商事に納品し、同社において具体的な販売活動を実施しているが、同社の取扱う商品は被告ロツテの製品のみであること、ロツテ商事は昭和四二年六月までは、同社の一機構として宣伝部を設置し、取扱い商品の宣伝活動を実施してきたが、同年七月一日右宣伝部を独立させてロツテ・アドを設立し、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等のマスメデイアを利用した宣伝活動を専ら同社に担当させることになつたこと(ロツテ・アドが宣伝の対象とする商品も被告ロツテの製品のみである)、ロツテ・アドは同社が企画、実施する宣伝活動に要した費用は、全額ロツテ商事にこれを請求し、同社において負担する(本件コマーシヤルの場合も同様であつた。)が、同社と被告ロツテとの間には右費用の清算関係はないこと、本件コマーシヤル放映当時被告ロツテとロツテ・アドの間に資本関係はなかつた(ロツテ商事はロツテ・アドの全株式の約二五パーセントを保有する株主であつた。)が、被告ロツテの社長重光武雄は、同時にロツテ商事、ロツテ・アドの各社長を兼務していたことが認められる。
しかしながら、本件全証拠によつても、被告ロツテが直接に或いはロツテ・アドを指示して本件コマーシヤルの製作及び放映に関与した事実を認めることはできない。
もつとも、前記認定のとおり、昭和四六年七月末ころ被告東京第一フイルムの意を体した永田雅一が、ロツテ・アドに対し本件映画と被告ロツテの製品の宣伝につきフイルム・タイアツプ方式の採用を申し入れた際、最終的には社長の重光武雄がこれに応ずる旨の意思決定を下しているが、右意思決定が本件コマーシヤルの放映を現実的に可能ならしめる重要な要素であつたことは、前記の経緯に照らして明らかである。そして、右認定のとおり、重光武雄はロツテ・アドの社長であると同時に、被告ロツテ及びロツテ商事の社長をも兼ねていたこと、右三社は同一製品の製造、販売、宣伝の各機能を分担していること等の事実に鑑みれば、同人の右意思決定はロツテ・アドの社長としてのそれではなく、被告ロツテの社長としての、若しくは同社を頂点とする「ロツテ企業系列」の総帥としてのそれであつたとみうる余地がないではない。
しかしながら、前記三社の機能分担は、各々の業務を専門化することにより経営効率を高めることを企図するものであり、本件コマーシヤルの製作、放映も右機能分担の枠を逸脱するものではないと考えられること、前記認定のとおり、永田雅一からのフイルム・タイアツプ方式採用の申し入れは、ロツテ・アドの業務部長諸田哲生に対してなされ、これを受けた同人が直接重光武雄の決裁を仰いでいること、被告ロツテの製造にかかる一製品につき、その宣伝方法としてフイルム・タイアツプ方式を採用するか否かの決定は、前記の「ロツテ企業系列」全体の経営にとつてさほど重要な事項とは考えられないことから、前記重光武雄の意思決定は、右企業系列の機能分担に従つたロツテ・アドの社長としてのそれであるとみるのが相当であり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみると、原告マーク・レスターの頭書の主張は失当というほかはない。
3 損害
原告マーク・レスターは、本件コマーシヤルの放映は、同原告の氏名及び肖像を無断で使用するもので、これにより財産的損害及び精神的損害を被つた旨主張する。
右主張にかかる財産的損害、精神的損害とは、順次前記の氏名及び肖像に関する財産的利益、精神的利益の各侵害を意味するものと解されるから、以下これを前提にして本件における原告マーク・レスターの損害について検討する(なお、右精神的損害の中には、氏名及び肖像に関する財産的利益を侵害されたこと自体に対する精神的苦痛も含む趣旨とも解されるが、その内容は氏名及び肖像に関する精神的利益の侵害と同一に帰するものと解されるから、以下においてはこの損害のみを検討の対象とする。)。
(一) 財産的損害
前記認定のとおり、原告マーク・レスターは本件コマーシヤル放映当時日本においても高い人気を保持していた映画俳優であり(〈証拠〉によれば、同原告の日本国内における当時の知名度は一三パーセントから一五パーセントであつたことが認められる。)、本件専属出演契約においても、製菓及び石又は歯磨の商品コマーシヤルのためその役務を提供する対価として、三万ドル(米国ドル)の報酬を受け得る旨の約定が成立していることから明らかなように、自己の氏名及び肖像につき前記の財産的利益を有していたと認められる。しかるに、本件コマーシヤルは、原告マーク・レスターの承諾を得ることなくその氏名及び肖像を被告ロツテの製品の宣伝に利用するものであるから、その放映により同原告の右財産的利益が侵害されたというべきである。
そして、右財産的利益の侵害による原告マーク・レスターの損害額は、抽象的には、同原告が本件コマーシヤル製作のため、その氏名及び肖像の利用を許諾し若くはその役務を提供したと仮定した場合に、同原告が受け得べきであつた報酬額に相当すると考えられるが、前記のような本件コマーシヤルの内容、構成に鑑みれば、その報酬額は、同原告が商品宣伝用の肖像写真の撮影に応ずるため、その役務を提供した場合に支払われるべき対価にあたるというべきである(同原告の氏名の使用は、右のような役務提供に付帯するものと考えられる。)。
そこで、進んで右対価相当額について検討する。まず、右のような肖像写真の撮影に応ずるため、その役務を提供するに要する時間は、一般の肖像写真の撮影の場合と異なり、被写体のポーズ・表情、背景、撮影の角度・距離等を変えて数枚の写真を撮り、そのうちの一枚を選択するという方法をとるのが通常であるから、ある程度の時間を要するものと考えられるが、その時間は一時間を超えることはないというべきである。次に、原告マーク・レスターの右役務提供に対する時間当りの対価については、これを直接に認めるに足りる証拠はないが、〈証拠〉によれば、電通は原告マーク・レスターの来日に先立つて、同原告在日中の二日間の日程を埋めるため、同原告を自社製品のテレビコマーシヤルに出演させる意向のあるスポンサーを募集したが、右募集において電通が提示した同原告の出演料は、拘束二日間(一日当りの拘束時間は六時間)で金一〇〇〇万円であつたことが認められるから、これが同原告の役務提供の対価の基準になるものと解される(拘束一時間当り約八三万円)。
もつとも、右出演料は純粋に原告マーク・レスターの役務提供に対する報酬のみを内容とするものではなく、これに伴う各種の費用を含むものとみられるうえ、前記認定の本件専属出演契約に規定されているとおり、同原告に対して一定期間の不作為を義務づける旨の条件を考慮したものであること、本件コマーシヤルに使用されたのは本件映画中の一シーンであり、原告マーク・レスターは同映画の出演によつてすでに相当額の報酬を受けていること、本件コマーシヤルの放映期間はきわめて短期間であつたこと等の諸点を考慮すれば、同原告が本件コマーシヤルの製作用に肖像写真の撮影に応ずるためその役務を提供することの対価は、前記の基準額よりかなり減額して評価する必要があり、結局その額は金五〇万円とみるのが相当であるから、本件コマーシヤル放映による同原告の財産上の損害は右同額というべきである。
(二) 精神的損害について
(1) 精神的損害の発生
原告マーク・レスターは、同原告が森永製菓の製品のコマーシヤルに出演するため来日した矢先、同原告の氏名及び肖像がすでに無断で被告ロツテの製品のコマーシヤルに利用されていることを知つて、多大の精神的打撃を受けた旨主張する。
右主張にかかる「精神的打撃」の内容を分析すれば、原告マーク・レスターが森永製菓の製品の宣伝のため役務を提供する旨の本件専属出演契約を締結したにも拘らず、その履行に先立つて、同社の競業会社である被告ロツテの製品の宣伝を目的とする本件コマーシヤルが放映されるに至つたため、森永製菓、電通等同原告の日本招へいに携わつた関係者及び日本の広告業界更には一般大衆に対して、同原告が二重に自己の氏名及び肖像を利用させ、これによつて利を図つたとの印象を与え、同原告の俳優としての評価、名声を毀損するおそれが生じたことによる精神的苦痛であると解される。
ところで、〈証拠〉によれば、本件専属出演契約にあたつて、原告協同企画の永島達司はヘムデール・アソシエイツに対し、同契約にいう製菓商品とは森永製菓の製品である旨を明言したこと、原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演する旨決定したとの事実は電通等を通じて広告業界に広く知られるに至つたこと、原告マーク・レスターの氏名及び肖像を被告ロツテの製品の宣伝に利用する本件コマーシヤルの放映が予定されている事実は、すでに同原告の来日に先立つて昭和四六年一〇月七日ころ一部の新聞で報道され、右事実を知つた森永製菓から電通に対して強硬な抗議が申し入れられていること(この点は前記認定のとおり。)、原告マーク・レスター及び同原告の来日に同道したその父親マイケル・レツツアーは、ロンドンから羽田空港に到着した時点ですでに本件コマーシヤル放映の事実を知らされ、更に日本到着の翌日ころ、宿舎のホテルで本件コマーシヤルのテレビ放映を目撃したこと、原告マーク・レスター親子は昭和四六年一〇月一三日に催された同ホテルでの記者会見において本件コマーシヤルの放映に不快の念を表明し、そのころ被告東京第一フイルムが陳謝のため面会を申し入れたにもかかわらずこれを拒否していること、マイケル・レツツアーはその在日中に、本件コマーシヤルの放映に関与した被告東京第一フイルム等の関係者に抗議する声明文を発表していることが認められ、かかる事実からすれば、原告マーク・レスターが頭書主張のような精神的苦痛を被つたことを窺い知ることができる。
(2) 被告東京第一フイルムの予見可能性
前記のように俳優等は、その氏名及び肖像が無断で公表された場合であつても、特段の事情がない限り氏名及び肖像に関する精神的利益の喪失を理由として損害賠償の請求をなし得ないものであるが、右(1)にのべたような原告マーク・レスターの精神的損害は、右特段の事情の存する場合に該当するというべきであるから、被告東京第一フイルムにおいて右損害の発生を予見し又は予見しうべきであつた場合は、その賠償の責を負うものといわなければならない。
ところで、被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの放映に関与した内容は、前記2(二)(1)の(ア)ないし(エ)記載のとおりであるが、前記認定のとおり、そのうち(ア)りないし(ウ)の行為は、森永製菓が原告マーク・レスターを自社製品のコマーシヤルに出演させる意向を固めるに至つた昭和四六年九月上旬にはすでに完了しており、右各行為の当時は、被告東京第一フイルムにおいて、原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演することになること、従つて同原告に前記の如き損害の発生することを予見しうべきもなかつたというべきである。
問題は(エ)の不作為である。前記のとおり、被告東京第一フイルムは、昭和四六年九月二〇日ころには原告マーク・レスターが森永製菓の製品のコマーシヤルに出演する旨約したことを知つたのであるから、本件コマーシヤルの放映が継続されれば同原告に前記の如き損害が発生することを十分予見しえたものといわなければならない。しかるに、被告東京第一フイルムは、本件コマーシヤルにおける原告マーク・レスターの氏名及び肖像と被告ロツテの製品との結びつきを排除するため、何ら適切な措置をとることなく、同年一〇月一二日まで放置していたのであり、右違法な不作為(これが違法である理由は前叙のとおり。)により、同原告に前記精神的損害を被らせたのであるから、これを賠償すべき責を負うものというべきである。
(3) 損害額
原告マーク・レスターが右損害を被るに至つた事情は右(1)にのべたとおりであるが、〈証拠〉を総合すれば、被告東京第一フイルムは、昭和四六年一〇月一三日嶋田副社長の名で文書をもつて、原告マーク・レスターの父親マイケル・レツツアーに対して本件コマーシヤルの放映を陳謝していること、原告マーク・レスターは、当初の予定どおり在日中の日程の一部を被告東京第一フイルムのために割いて、前同月一六日東京で、同月二三日大阪で、劇場の舞台から本件映画の観客に対して挨拶していること、被告東京第一フイルムは、前同月二六日原告マーク・レスターの離日に際して、マイケル・レツツアー宛に書簡を送り、同原告の本件映画の宣伝への尽力に謝辞をのべるとともに、同原告に対して記念品を贈呈していること、マイケル・レツツアーは、昭和四七年一月一〇日付で被告東京第一フイルム宛に右書簡に対する返礼の手紙を送り、その中で同被告の社長曽我正史との再会を希望する旨、同被告から原告マーク・レスターに対する前記記念品の贈呈に感謝する旨のべていること、さらにマイケル・レツツアーは、前同年一二月四日被告東京第一フイルムに対し、原告マーク・レスター主演の新作映画「シノプス」について、日本における配給会社となる意向の有無を打診していることが認められる。
以上のような本件コマーシヤル放映前後における被告東京第一フイルム及び原告マーク・レスター側の双方の事情、前記のような同被告の違法な不作為の態様等の諸般の事情に鑑みれば、同原告の(1)の損害額は金五〇万円と認めるのが相当である。
(4) 謝罪広告の必要性
さらに、原告マーク・レスターは、右精神的苦痛を慰藉するため別紙(一)のような謝罪広告をなすべき旨請求するが、右(3)にのべたような諸事情に鑑みれば、被告第一フイルムに対し、同原告主張のような謝罪広告をなさしめることは不相当と考えられる。
五原告協同企画の請求について
1 被告東京第一フイルムの不法行為責任について
原告協同企画は、被告東京第一フイルムが森永製菓に対する不当競争の目的と本件報酬債権を侵害する意図をもつて、本件コマーシヤルを放映させ、これによつて右債権の経済的価値を減少せしめ、同原告に金一〇〇〇万円の損害を与えた旨主張する。
しかしながら、本件全証拠によつても、被告東京第一フイルムが本件コマーシヤルの放映に関与するに当たり、原告協同企画の右主張のような目的及び意図を有していたことを認めることはできないうえ、前記三7の認定事実に鑑みれば、本件コマーシヤルの放映と電通の本件報酬債権減額請求を受諾したことによる同原告の損害との間に、前者があれば経験則上通常後者が発生するという関係があるものと認めることはできず、また同被告においてとくに右のような損害の発生を予見していたことを認め得る証拠はない。
そうとすると、原告協同企画の頭書の主張は失当といわなければならない。
2 被告ロツテの不法行為責任について
原告協同企画は、被告ロツテがロツテ・アドを指示して本件コマーシヤルを放映せしめた旨主張するが、本件全証拠によつても右主張が認められないことは、前記四2(三)のとおりであるから、右主張は理由がない。
六結語
以上判断したとおり、原告マーク・レスターの被告東京第一フイルムに対する本訴請求は、不法行為による損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為後の日である昭和四六年一一月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の利率による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告の同被告に対するその余の請求及び被告ロツテに対する請求並びに原告協同企画の被告らに対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(大和勇美 上村多平 小池信行)
別紙(一)、(二)〈省略〉